Design College

プレゼンテーションもマナー

 

学会に出ると、なんだか分からないスライドを永遠見せられることがあります。小さくて全然見えない文字。直感的によく分からないグラフ。なかなか次のページに変わらないスライド。先生が自分に酔って、聴講者を置いてけぼりにしてしまう、そんなセミナーがけっこう多いです。正直、苦痛に思います。

こんなにわかりにくいプレゼンテーションを聞いて理解できるのだから、みんな頭いいなあとつくづく思ってしまいます。

 

でも、ここをしっかりと考えてほしいのですが、専門的な分野では細部まで目が行き届いているであろう、きめ細やかな仕事を

されているはずなのに、伝え方が専門的でなさすぎるため、なんだか専門の内容までもが疑わしくなってきます。すべて残念に伝わってきてしまいます。それだと、やっぱり損ですよね。 第一、失礼な話なんですよ。汚いスライドでプレゼンするというのは。スライドや資料も“身だしなみ”は必要です!

 

今日現在、僕たち日本人の「デザイン」に関するレベルが低すぎるので、特にプレゼンテーションの場面では、ほとんどデザインを加味しないものでまかり通っています。 これは由々しき問題です!

読めない小さな文字。理由のわからない強調色。 適当なフォント。不思議なタイミングのアニメーション。

本来、こういうことにはルールがあって、 でも、そのルールを無視した違反者が暴走するものだから、それが普通にさえなってしまっています。

 

一方、デザイナーさんたちは自分たちはわかっているけれども、彼らにとっては当たり前ごとなので、わざわざそれらを素人に

解説するまでもなく、ましてや共通言語もなく、つまり、一般の人は知らないので、今のレベルで落ち着いてしまっているのです。

 

ここにメスを入れるというか、デザインのことがわかる人でスタンダードをつくる必要がありそうです。

 

 

 

デザイン・パーフェクトブックを制作しました

 

正確には、『Whole Design Catalog - 完全版 - 』というタイトルで、さまざまな芸術に関する基礎知識や美しいスライドや紙面のつくり方などを詳細に記しています。

この一冊の手にすれば、アイデアを表現していく段階で、どのような理屈で考え、どのように提案すれば良いのか、論理的思考の方でも容易にわかるようになります。

 

美しいスライドショー、印象的なムービー、行動変容を促すフライヤーなどのつくり方が学べます。さらに、写真の構図、フォントの選択、カラーの配色などの意味がわかるようになり、

また、芸術の8項目である、建築・絵画・彫刻・音楽・演劇・映画・写真・文学についての知識と感性が身につきます。

合わせて、相手が思わず行動してしまう脳科学マーケティングを駆使したアプローチ方法を網羅しています。

 

さて、デザイナーでなくとも、僕たちは「デザイン」という言葉を日常的に使います。そもそもデザインとは一体何でしょうか?

デザインの語源は デッサン(dessin)と同じ、「計画を記号に表す」という意味のラテン語のdesignareに由来しています。

つまり、デザインとは「ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを様々な媒体に応じて表現すること」となります。

 

美しいものを美しいと思える心は、「知識」で養えます。感性は知識と経験の積み重ねで育まれていきます。なので、美しいものを知ることによって美しいものを美しいと感じられるようになります。

それは、整然としているものでもあれば、わかりやすく配列されているものでもあれば、シンプルなものでもあります。あるいは、複雑に入り組んでいるけれども、その構成に味があるものでもあります。

一概には言えないけれども、美しいものには美しいものとしての共通のデザインが含まれています。

 

 

 

 

リベラルアーツを身につける

 

多くの人は、「尖れ」と言います。「U.S.P.をつくって、一番になろう」「自撮りして、Facebookに投稿しよう」そして、「目立とう」と。

でも、僕はそうは考えていなく、一番大事なことは、「また会いたい」と思ってもらえる人間力を磨くことだと考えています。

そのためには、相手をリスペクトできるよう、その人の専門分野についてのある程度の知識はある方がいいですし、時事、政治、歴史、文化など、ある程度の一般教養は押さえておく必要があると思うのです。

それはコンサルタントの枠を越えて、ひとりの人間として「相手をリスペクトする気持ち」の表れで、そこに努力する意味は多分にあると思っているのです。少なくとも、僕はそうすることで得してきたうちの一人です。

 

僕は、極めて「真ん中の存在」と自分を位置づけています。尖りすぎると、見えなくなる世界があります。特に、初心をおざなりにしてしまいがちです。なので、いつもどの世界の人と出会っても、会話につまらず、「真ん中」の意見として言えるように気にしています。そういう意味では、僕は、「他者を強烈に意識して生きている」と言えるのです。それは、他者を羨ましく思ったり、他者と比較して生きているのではなく、穏やかに、そして適切と思う距離感で過ごしています。知性を身につけ、感性を磨くことで、人に奥行きをつくり、魅力となるものだと考えるので、その努力をしています。

自分らしくあり、自分の本質に触れて仕事ができるように、学びの手を止めてはいけません。